JR東日本は2021年7月26日、プレスリリースにて田沢湖線新トンネルについて秋田県と覚書を交わしたと公表した( 秋田新幹線新仙岩トンネル整備計画の推進に関する覚書の締結について )。今回はこれについて見ていく。
1. 新仙岩トンネル開通で所要時間短縮へ!
今回のJR東日本と秋田県の覚書では、田沢湖線赤渕~田沢湖間の新線付け替えを行い、新仙岩トンネルを建設することとなった。
そもそも秋田新幹線は開業当初東京~秋田間でほとんどの列車で4時間を超えて運転していた。このことから高速化は関係各所の悲願であり、様々な高速化を図ってきた。その中の1つが今回の田沢湖線赤渕~田沢湖間の新仙岩トンネル建設に伴う新線付け替えである。この新線付け替えにより所要時間を7分短縮するとしている。
まあこの田沢湖線改良は過去に2009年に論文でも述べられている(外部リンク)。こちらも新仙岩トンネル建設により所要時間を7分短縮できるとしていることから、ほぼこの論文の案を踏襲しているのだろう。
田沢湖線内は一応最高130km/hなのだが線形が悪く多くの区間、特に盛岡~角館間では130km/h運転すらできていないとしている。今回の新仙岩トンネル建設による新線付け替えにより距離の短縮と線形改善すれば130km/h運転区間が増えることから、所要時間短縮につなげられるようだ。
なお新線区間に踏切がないことをいいことに160km/hに引き上げたとしても所要時間は1分しか短縮できない。E6系導入時に田沢湖線内で多くの信号機を付け替えたので160km/h対応のGG信号機を付けられないはずはないのだが、少なくとも20kmという短距離での160km/h運転はメリットが薄そうだ。
このように条件の多くが一致していることから、この論文の案がそのまま今回のプレスリリースの新仙岩トンネルの建設概要になるだろう。そうなると新仙岩トンネルは他の田沢湖線区間同様単線で、トンネル内に信号所を1か所設置し行き違いをできるようにする見込みだ。この信号所設置で現在の大地沢信号場と志度内信号場の代替とする見込みだ。
なお今回の新仙岩トンネル建設費用は約700億円と見込まれている。もっとも便益は年間7億円になると試算はしているが、時期からしてこのご時世での旅客減を反映していない可能性が高い。しかも秋田県は人口が100万人を割ったのみならず人口減少率が全国で最も高一道府県であり、2120年頃に鳥取県を抜き人口最下位に転落する可能性すらある。そうなると年間便益は7億円程度が関の山ではないだろうか。
また一部報道ではこのうち6割、つまり420億円をJR東日本が負担するとしている。もっともこのご時世で2020年度に5,000億円以上もの赤字を出した企業が工事費に大金をつぎ込む余裕があるのかは疑問ではあるが、論文によると現在線をそのまま使い続けても更新費用だけで120億円かかるとしている。少なくともこの120億円は本来JR東日本がねん出すべき費用であること、かつ直線化と信号所の1つ削減でメンテナンス費用が抑えられることを考えれば、JR東日本が多少支出を出すのは当然と言えば当然だろう。
なお今回建設する新仙岩トンネルは工期を11年としている。もしこのプレスリリースが出た翌年2022年に工事を開始しても開業は2033年以降の見込みだ。そう考えると2030年代に完成していれば御の字なのだろう。
このほかJR東日本管内では山形新幹線「つばさ」も奥羽本線内を乗り入れており、線形の悪い庭坂~米沢間には新トンネル計画が持ち上がっているものの今のところ覚書までの進展には至っていない。これはこの奥羽本線新トンネルを整備新幹線の奥羽新幹線の一部扱いとするか否かで未だに決着がついていないためだろう。
ただ今回の田沢湖線新線付け替えは、田沢湖線に並行する整備新幹線の整備計画がないため、JR東日本と秋田県だけで決着で北のだろう。
ただ今回の新線付け替えにより奥羽新幹線山形~秋田間を建設する意義がますますなくなりそうだ。
2. 新仙岩トンネル開通により秋田新幹線のダイヤはどうなる?
では今回の新仙岩トンネル開業に伴う秋田新幹線ダイヤ改正では、どのようなダイヤ改正を行う見込みなのだろうか。
そもそも秋田新幹線「こまち」の乗り入れる田沢湖線は今回開通する新仙岩トンネルを含めてすべて単線で、列車交換は駅やトンネル内信号場で行われる(概ね6~8km毎に交換可能設備あり)。まあ今回の新仙岩トンネル開通により所要時間短縮を図るわけだが、ダイヤグラム上は交換設備一個分をずらす程度のものになりそうだ。
また秋田新幹線「こまち」が乗り入れる東北新幹線は東京駅発着枠数制限及び新函館北斗・新青森方面の初終列車を変更させないの関係で安易に運転時刻を変更することができない。さらに2031年の北海道新幹線札幌延伸までには北海道新幹線方面列車はALFA-Xの成果による新型車両を投入し最高速度を引き上げるなどの大きな変更もあるが(先述したように秋田新幹線用車両の最高速度引き上げはまずない)、そう考えると少なくともこの新仙岩トンネル開通に伴うダイヤ改正前後では運転時刻変更は主に秋田県内のみでの実施にとどまり、東北新幹線内ではほとんど時刻が変わらない可能性が高い。
具体的には初列車は東京6時32分発「こまち1号」秋田行きは秋田10時24分着から10時17分着に繰り上げ、秋田6時09分発「こまち6号」東京行き初列車はあきた6時16分発に7分繰り下げ(これでも新青森から東京への一番列車より初列車は早い)るだろう。秋田6時09分発「こまち6号」へ連絡する普通列車を新屋始発の奥羽本線や男鹿線で運転しているが、この2本の列車を7分程度繰り下げて運転できるようになる。
また終列車は東京20時16分発「こまち45号」秋田行きが秋田23時53分着から23時46分着に繰り上げ、秋田19時10分発「こまち48号」東京行き最終を秋田19時17分発に繰り下げるくらいしかないだろう。
このように運転時間を縮小することで駅を含め営業時間を短縮し、人件費削減につなげることができるのも狙いの1つだろう。
3. 秋田新幹線の所要時間短縮は新仙岩トンネルを掘削することでしか得られないのか
では秋田新幹線「こまち」の所要時間短縮は新仙岩トンネルの建設でしかなすことはできないのだろうか。
2013年3月16日ダイヤ改正より秋田新幹線用車両として運転を開始したE6系は空気ばね式車体傾斜装置を搭載している。2014年3月15日ダイヤ改正では田沢湖線特急「こまち」を全てE6系で置き換えたことから、全列車が車体傾斜装置搭載となった。
しかしこの車体傾斜装置は東北新幹線内での320km/h運転のみで使用され、田沢湖線内では使用されないこととなった。これは1つは車体傾斜時に空気ばねを上げ下げする必要がありその動作には空気の消費が必要であることからその空気を貯めるタンクを大きくする必要がある。しかしそれ以上にE6系が致命的欠陥を起こしているのは、車体幅を在来線の車両限界ギリギリの2,980mmに設計にしてしまったため、車体傾斜を田沢湖線内で行うにはホームや信号機、トンネルなどをこすらざるを得ない。つまり物理的に田沢湖線内で車体傾斜ができない設計としてしまったのである。なぜ一回り小さくして田沢湖線内でスピードアップを図ろうと思わなかったのだろうか。東北新幹線を275km/hから320km/hに引き上げるよりはるかに低コストでできるじゃないか。
しかも田沢湖線内での車体傾斜装置作動による所要時間短縮は効果的である。秋田新幹線「こまち」が大きく減速しているのは田沢湖線盛岡~角館間であるが、現在最速45分のところを車体傾斜装置を利用して本則+25km/hになると想定しただけで35分運転が可能となり、10分の短縮が図られる。また奥羽本線大曲~秋田間でも最速30分から28分に2分短縮でき、合計12分短縮できる。つまり、大掛かりなトンネルを掘るより盛岡~秋田間でも車体傾斜を行うのと同等以上の所要時間短縮効果が生まれるのである。
なお東北新幹線は本来は2010年代より360km/hでの運転を目指していたが、ミニ新幹線用試作車が330km/hまでの運転にしか耐えられなかったことからE5系とE6系は320km/h運転に抑えられた。これもあってか2019年より新しい試作車ALFA-Xによる試験が開始されておるが、ALFA-Xはミニ新幹線用の車両を用意していない。つまり秋田新幹線連結列車と北海道新幹線直通列車で別運用とする公算が高い。このことから、秋田へ乗り入れる新幹線は320km/h運転で打ち止めとなり、360km/h運転を行うことはないだろう。
このことから、秋田新幹線をより所要時間を短縮するためには車体傾斜装置の使用を在来線区間でも行うのが一番得策なのではないだろうか。仙岩トンネルの建設で運休を減らし省メンテナンス化という効果はあるものと思われるが、少なくとも車体傾斜装置を用いることができるようにした方がいいだろう。
ちなみに新トンネル建設と田沢湖線内での車体傾斜装置の利用を合わせると、新トンネルによる所要時間短縮が7分、車体傾斜装置による所要時間短縮が8分(赤渕~田沢湖間の4分を除外)の合計15分の所要時間短縮を図ることができる。これにより東京~秋田間3時間37分運転から3時間22分運転にまで短縮することができ、東京~新青森・岡山と大差ない所要時間で行くことができるようになる。
なお秋田新幹線「こまち」がE3系からE6系に置き換わり東北新幹線内での最高速度が275km/hから320km/hに引き上げられても大宮~盛岡間で11分の所要時間短縮に留まり、運用数の削減には至らなかった(車両新造数はE3系6両編成と比べればE6系は2本減らしているが、E3系2本を東北新幹線に残したまま2020年10月まで運用していたため)。しかしさらに15分所要時間を短縮できれば、往復で30分所要時間を短縮することができるようになり、定期列車毎時0.5本分と臨時列車毎0.5本分の合計1運用分を削減することができる。つまり今後の秋田新幹線の車両置き換えの際に現状の24本より少ない23本で済むようになる。導入するのに1両3億円かかるとしても、7両編成1本の導入を控えれば21億円もの経費節減になるし、車両寿命を20年と置けば年平均1億円もの費用削減になる。またその固定資産税年1.4%となる年2,900万円を節減できる。こんなにありがたい話はない。
というか、まず新幹線と名乗るくせに制限65km/hが約20kmに渡り続くことを疑問に思えよJR東日本。
ただ唯一の救いはこの新仙岩トンネルが開通するのは2033年以降である。その頃には2013年3月16日ダイヤ改正より営業運転を開始した秋田新幹線用E6系が車齢20年程度を迎えることから、車両交換の時期を迎えているはずだ(もっともこのご時世で車両交換周期を延ばすとは言っているのでもう少し長く使うかもしれないが)。その際に新車と交換した際に車体幅を20mm程度だけ狭めることができれば、田沢湖線内でも車体傾斜装置が使用できるようになり大幅な所要時間短縮を図るかもしれない。そうなれば所要時間短縮効果を最大限引き出せるのではないだろうか。
4. 結び
今回のJR東日本と秋田県の覚書では、田沢湖線新仙岩トンネル建設と新線置き換えに伴い秋田新幹線「こまち」で高速化を図ることとなった。
ただそもそも新線を付け替える以前にE6系の車体傾斜装置を田沢湖線でも使用できるようにすれば同等以上の高速化が図れることを考えると、やるべきことは先にあるだろう。
今後秋田新幹線「こまち」でどのようなダイヤ改正を実施していくのか、見守ってゆきたい。
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