ロシア鉄道( Russiskiye Zheleznye Dorogi )では、2016年12月11日にロシア・モスクワとドイツ・ベルリンを結ぶ国際列車にフリーゲージトレインを投入すると公表した( http://www.railjournal.com/index.php/main-line/rzd-launches-moscow-%E2%80%93-berlin-talgo-services.html )。今回はこれについて見ていく。
1. タルゴ導入で4時間30分以上スピードアップ
従来より夜行列車で結ばれていたドイツとロシアであるが、今回2016年12月11日実施の2017年冬ダイヤ改正では、スペイン製起動可変連接車両であるタルゴ9(Talgo9)を20両編成単位でロシア鉄道が導入することにより、ヨーロッパで用いられる標準軌の1435mmとロシア軌間の1520mmの両者をスムーズに切り替えられるようになり、これまでこれまでベラルーシのブレストで1時間程度かけてた台車交換を省略することに成功した。週2日の運行ではあるものの、これにより1,800km以上にも及ぶベルリン東駅からモスクワ・クールスキー駅間において、従来と比べて西行き(ベルリン行き)では4時間35分短縮されて20時間14分、東行き(モスクワ行き)では5時間21分短縮の20時間35分での運行になった。
なぜ1時間の台車交換時間しか短くなっていないはずなのに、なぜ4時間半も5時間も短縮されるのか。理由は2つある。1つはベルリン・モスクワともに発着駅が異なっている。ベルリンはベルリン中央駅発着であったし、モスクワはベラルースキー駅発着であった。これは1964年の東海道新幹線開業時に東京~大阪間が2時間30分短縮の4時間での運行となったっていうけど、実際には東京~新大阪だよねということと類似しており、ちょっとずつ運行距離を縮めて運行区間の所要時間を短くしようとしているのが1つ。もう1つは直前まで運航されていた列車がパリ北駅~モスクワ・ベラルースキー駅を走る2泊列車だったため、始発と終着駅が人の活動時間に合うように途中で時間調整を行っており、2014年6月14日まで運行されていたベルリン動物園駅~モスクワ・ベラルースキー駅間で23時間程度の運行であった。そのため実質短縮されたのは3時間弱だということになる。
2. パリ~モスクワ間の列車大幅削減
今回2017年ヨーロッパ冬ダイヤ改正は、既存のパリ~モスクワ間で運行されているTRANS EUROPEAN EXPRESS(ヨーロッパ横断列車)として2泊夜行列車を運行している。この列車は2011年から運行されているものの、遥か昔を辿れば1971年~1998年まで運行されていたOST WEST EXPRESS(東西列車)まで遡ることができ、当時は毎日運行であった。1971年に当時の西ドイツと東ドイツの間で両ドイツ基本条約締結により当時の西ドイツと東ドイツ間の往来が旅行許可証やビザがあれば可能になったことから運行が開始され、ユーロトンネルの開通した1998年に一時的に廃止されたが、その後2000年代に週2運行で復活し、2011年に専用車用を新造し週3運行とした経緯がある。
設定当初からかなり政治的な背景を含んでいる列車であるが、今回のダイヤ改正で週3往復の運行であったパリ~モスクワ間で運行されるTRANS EUROPEAN EXPRESS(ヨーロッパ横断列車)が、僅か週1往復のみの運行となった。残る週2便は今回起動可変車両タルゴによりベルリン~モスクワ間での設定に短縮されたのであるが、旧西側諸国と結ぶ列車という意味合いがあったOST WEST EXPRESS(東西列車)が削減されるのは少々名残惜しい。
ではなぜパリ~モスクワ間の2泊夜行列車を再び短縮してベルリン~モスクワ間の設定にしたのか。1つはタルゴ型客車の導入はそれなりに費用が掛かり、ロシア鉄道の費用がかさむのを恐れたから。2つ目はパリ~ベルリン間はすでにフランス高速鉄道TGVやドイツ高速鉄道ICEにより途中乗り換えが必要ながらも7時間半程度で結ぶことができる。高速鉄道走行区間をあえて1泊する必要はなく、もちろんパリ~ベルリン間の利用で夜行列車を使うのもかなりのツウでない限りなかなかしない。新幹線による寝台列車廃止は日本でも多く起こったはずだ。しかしベルリン~モスクワ間では高速新線の建設が一向に進まず、途中のポーランドは2014年にやっと開業したばかりで、独裁国家でロシアの衛星国ベラルーシは高速鉄道にほとんど興味ない。線路環境の改善が望めない中、スピードアップするためには軌間変更による台車交換時間を大幅に短縮するほかなかったのだろう。
そして3つ目の理由が政治的理由である。2014年のクリミア併合によりしびれを切らした西側諸国がG8(当時)からロシアを外したのだ。その後も冷えた関係が続いており、様々なところでひずみを生み出している。政治的理由がなぜ通じるかというと、現在ベルリンを起点とする列車は原則ベルリン中央駅を起点として運行している。このベルリン中央駅は2006年5月に開業した新しい駅で、それまではベルリン東駅、東西冷戦時代まで遡ればベルリン動物園駅との2駅を主に起点としていた。このベルリン東駅は1990年まで存在した東ドイツの首都東ベルリンの中心駅で、西ベルリンから列車を利用するにはベルリン動物園駅から利用した。現在のベルリン中央駅はベルリン動物園駅とベルリン東駅の間に位置しているが、かつての西ベルリン領内である。しかしベルリン東駅は東ベルリン領であったから冷戦中はもっぱら東側陣営であり、脱獄を防ぐために壁を築いたほどだ。以前ベルリン~モスクワ・サンクトペテルブルクなどのロシア向け国際夜行列車を運行していた際には旧西ベルリンのベルリン動物園駅から運行され、中央駅、東駅にも停車していた。かつてのOST WEST EXPRESS(東西列車)も動物園駅と東駅に停まることにより東西両ベルリンから利用可能であった。ベルリン動物園駅はベルリンが分割統治されなければ日の目を見なかった途中駅なので現在では始発駅や中心駅としての機能を中央駅に譲り国際列車は停車しなくなってしまったが、東駅始発ではなくベルリン中央駅始発にすればよかったではないか。そこを敢えて手前のベルリン東駅始発にしたことは、やはり政治的意味合いがあるのではなかろうか。むしろベルリン~パリ間を廃止にされてもおかしくなかったのではなかろうか。
とはいえ、いくらロシアが西欧諸国が憎かろうがフランス・パリ乗り入れを全面的にやめてしまえばそれはそれでまた大問題で、ヨーロッパでトップニュースになりかねない。やんわり本数を減らして週1でも残しておくことで、最低限の秩序を保とうとしているのだろう。逆にロシア国鉄がパリ乗り入れをやめたら、国際情勢的に緊張が極限まで高まる時なのではないだろうか。
3. 結び
今回2017年ヨーロッパ冬ダイヤ改正では、スペイン製起動可変客車タルゴを用いることにより、ベルリン~モスクワ間で大きく時間短縮することに成功した。タルゴは両輪が単独軸であるスペイン製車両の総称であるが、起動可変しないタルゴはカザフスタンやサウジアラビアの高速鉄道で330km/h運行がされている(または予定)などで高速鉄道市場にも参入している。とはいえ高速運行できる車両での起動可変はスペインでも難しいらしく、未だに実現していない。またロシアも周りが標準軌1435mmの鉄道で囲まれていることもあり、モスクワ~北京の直通列車も台車交換が必要となっているが、こちらはスペイン製タルゴの導入ではなく標準軌の高速鉄道を7000km整備する予定で、2021年からロシア側でも順次開業する予定でもし全線完成すれば最速で2泊3日の夜行国際高速列車が誕生する見込みだ。日本ではフリーゲージトレインの導入が遅れており、九州新幹線長崎ルートや北陸新幹線では導入を見送りすることが決まってしまった。今後高速鉄道市場とフリーゲージトレイン市場がどのように変貌していくのか見守ってゆきたい。
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